2023年大学入学共通テスト漢文解説

本文

今年は白居易『白氏文集』の「策林」からの出題です。問題文にあるように、制挙(皇帝が行う臨時任用試験)の予想問題です。本文は以下の通り。

問、自古以来、A君者無不思求其賢、賢者罔不思効其用。然両不相遇、其故何哉。今欲求之、其術安在。

臣聞、人君者無不思求其賢、人臣者無不思効其用。然而君求賢而不得、臣効用而(ア)無由者、B豈不以貴賤相懸、朝野相隔、堂遠於千里、門深於九重

(イ)以為、求賢有術、(ウ)賢有方。方術者、各審其族類、使之推薦而已。近取諸喩、C其猶線与矢也。線因針而入、矢待弦而発。雖有線矢、苟無針弦、求自致焉、不可得也。夫必以族類者、蓋賢愚有貫、善悪有倫、若以類求、DX以類至。此亦猶水流湿、火就燥、E自然之理也

白居易『白氏文集』

問題と解説

問1

語句の意味を答えさせる問題。

(ア)無由

「無由」は「由(よし)無し」と訓読します。現代語でも使いますね。これだけで1と3に絞れそうですが一応本文をちゃんと見ましょう。

「君求賢而不得」と「臣効用而無由」が対句になっていることに注意しましょう。「君主が賢者を求めても得られない」のであれば、「臣下が力を尽くそうとしても」「できない」という意味の言葉が入ればいいことがわかります。正解は1「方法がない」です。

「効用」は「力を尽くす」という意味ですが、知らない人が多かったと思います。「君主が賢者を求める」と意味が対になっていることがわかれば、賢者が君主に「力を尽くす」「役に立つ」のような意味になることが類推できると思います。

このように、漢文では対句が重要です。

(イ)以為

これは解けてほしいですね。「以為(おも)へらく」と訓読し、「考える」という意味です。漢文の文法としては「以為」で一つの動詞であり、その後に来る目的語が考える内容となっています。正解は1「考えるに」です。

(ウ)弁

これは少し難しかったでしょうか。これも、対句を意識して下さい。「求賢有術」と「弁賢有方」が対句になっていますね。「賢者を求めるに方術がある」と「賢者を???するに方術がある」が対句になっています。「術」も「方」も、「方術」という言葉があることを思い出せば同じ意味であることがわかると思います。「賢者を求める」と「賢者が???する」が同じ方向性の意味であることが分かれば、選択肢1~4は全て不適当なので正解は5「弁別する」であることが分かるでしょう。

「弁別」という言葉は言語学ではよく出てきますが、受験生にとっては難しいでしょう。しかし、1~4は明らかにおかしいこと、「弁別」の「別」が「区別」の「別」であることが分かれば解けると思います。

問2

「君者無不思求其賢、賢者罔不思効其用」の意味を答えさせる問題です。

ここも対句ですね。「無不」は二重否定構文なので、結果的に肯定と同じ意味になります。対句の相手である「罔不」についても同じです。「罔」には「なし」とルビが振ってあるので、難しくはないでしょう。

「思求其賢」が「賢者を求めたい」ということなので、「思効其用」も何か対応することを「したい」ということがわかります。正解は3「君主は賢者を登用しようと思っており、賢者は君主の役に立ちたいと思っている」です。

問3

「豈不以貴賤相懸、朝野相隔、堂遠於千里、門深於九重」の訓読・書き下しを問う問題です。

まず、「豈不」が「〜ではないか(いや〜だ)」という否定の反語であることに注意して下さい。要は、「豈不」以下に書かれていることが肯定の意味になります。

「以」は理由を表す前置詞です。「〜者、以〜」という定型表現で、「〜なのは、〜からである」という意味を表します。ここでは、上の「君主が賢者を得られず、賢者が君主に力を尽くせない」部分の理由を述べているわけです。

そして、「貴賤相懸」と「朝野相隔」、「堂遠於千里」と「門深於九重」がそれぞれ対句であることは明らかだと思います。ですから、この対句が言い終わらないうちに上の「以」に返るということはありえません。ですから、それぞれの対句の前半部である「貴賤相懸」の直後に「以」に返る選択肢1、「堂遠於千里」の直後に「以」に返る選択肢3、4は誤りだということになります。

このため、選択肢2と5に絞り込めるわけですが、「貴賤相懸、朝野相隔」と「堂遠於千里、門深於九重」は結局同じことを言っています。どちらも、要は「朝廷と民間が非常に遠い」ということを言っているのです。ですから、最後まで理由であると解釈している選択肢5「豈に貴賤相懸たり、朝野相隔たり、堂は千里よりも遠く、門は九重よりも深きを以てならずや」が正解です。

問4

「其猶線与矢也」の「線」と「矢」の意味を問う問題です。

「線」は「針」、「矢」は「弦」の協力を得てようやく用をなせます。しかし、「線」「矢」単体では、使い物になりません。ですから、正解は選択肢1「『線』や『矢』は、単独では力を発揮しようとしても発揮できないという点」です。

問5

Xに入る字を答えさせる問題です。「若〜必〜」で、「もし〜ならば、必ず〜である」という意味を表す定型表現です。英語で言う「if~, then~」ですね。明らかに「同類を求めたら同類を得られる」ことが言いたいことから考えても、正解は選択肢3「必」です。

構文や文脈がわからなくても答えられる方法を。まず選択肢5「嘗」は意味不明なので消えます。選択肢1「不」はいうまでもなく否定ですが、選択肢2「何」と選択肢4「誰」は反語になるので、意味としては1と同じく否定です。つまり、選択肢1、2、4は全て同じ意味になってしまいます。答えが複数になるということはありえないので、消去法として結果的に選択肢3が残るのです。

問6

「水流湿」と「火就燥」はもちろん対句です。どちらも同じこと、すなわち「性質が近いものが求め合う」ということを述べています。ここで注意しなければならないのは、「水」と「湿」、「火」と「燥」の関係については述べられているものの、「水」と「火」の間の関係については何も述べられていないということです。この点で、「水」と「火」に関係があるように書いてある選択肢1、2は消えます。

選択肢5の「長所」「短所」については本文に書かれていませんね。誤りです。

選択肢3はそれっぽいですが、「川の流れが湿地を作り山火事で土地が乾燥する」は完全に誤りです。正しくは「湿地に川が流れ、乾燥地で火事が起こる」のであり、因果関係が逆です。漢文に限らず共通テストの国語は、因果関係を逆転させた選択肢が罠としてよく仕掛けられているので注意しましょう。

正解は選択肢4「水は湿ったところに流れ、火は乾燥したところへと広がるように、性質を同じくするものは互いに求め合うのが自然であるということ」です。

問7

選択肢1は「採用試験をより多く実施する」ことは本文に書かれていないので誤りです。

選択肢2は「心が離れている」「心理的距離」などは本文に書かれていないので誤りです。

選択肢5は「君主が賢者を受け入れない」は誤りです。君主が賢者を求めていることは本文で繰り返し述べられています。

選択肢3は迷いそうですが、「その賢者が党派に加わらず、自分の信念を貫いているかどうかを見分けるべきである」は誤りです。むしろ、党派の重要性を述べています。

正解は選択肢4「君主が賢者と出会わないのは、君主が賢者を見つけ出すことができないためであり、賢者を求めるには賢者のグループを見極めたうえで、その中から人材を推挙してもらうべきである」です。

総評

今年度は、暗記が必要な複雑な文法事項はほとんど出題されていない一方で、漢文に読み慣れていないと難しかっただろうという印象です。

特に、対句の理解が今回の最重要ポイントでした。対句は漢詩のみならず、散文においてもよく用いられます。気をつけましょう。

なお、本ページの内容は私に断り無く引用していただいて結構ですが、必ず出典(本ページのURL)は明記して下さい。

漢字検索を支援するFirefox用アドオン「Glyph Search Plus」

漢字検索を支援するFirefox用アドオン「Glyph Search Plus」を作成したので紹介します。

漢字検索サイトであるCHISEのIDS検索の結果がなぜか画像表示になってしまい(2023/1/24追記:2023/01/21のアップデートで元に戻りました)非常に不便だったので、漢字テキストを書き加える自分用のUserScriptを書いたのがきっかけです。機能を拡張しているうちにアドオンの形にできあがったので、せっかくなので公開することにしました。

インストール

Firefox系

Firefoxはこちらのページよりインストール出来ます。PC版のみです。派生ブラウザ(Waterfox)でも動作を確認しましたが、コンテクストメニューの一部の機能が動きません。

Chromium系

Chromium系ブラウザ(Brave、Vivaldi、ungoogled-chromiumなど)との互換性も保つようにもしていますが(やはり一部の機能が動きません)、手動でインストールする必要があります。上記リンクの「ファイルをダウンロード」からダウンロードしたxpiファイルの拡張子をzipに変えて解凍した後、ブラウザの「拡張機能」画面のデベロッパーモードの「パッケージ化されていない拡張機能を読み込む」で解凍したディレクトリを選択してインストールして下さい。

できること

検索機能

【画像1】ツールバーの検索画面

ツールバーの「字」と書かれたアイコンから、【画像1】のよう検索画面が開けます。漢字やUnicode Pointから様々なサイトを検索できます。複数の字をまとめて検索することも可能です(漢字の場合はそのまま続けて記述。Unicode Pointの場合は半角,で区切る)。文字列を入力したら自動的にUnicode Pointが入力されます(逆も同様)。対応しているサイトは以下の通りです。

  • GlyphWiki
  • CHISE
  • Web韻図
  • 国学大師
  • 説文解字(shuowen.org)
  • Unihan Database

「字」と書いてあるものは、複数の漢字が入力された場合一字ずつ検索ページを開きます(書いていないサイトも基本的にこのように動きます)。例えば「天地」と検索すれば、「天」と「地」のページが出てきます。

「語」と書いてあるものは、入力された複数の漢字を一つの文字列(つまり一語)として検索します。例えば「天地」と検索すれば、そのまま「天地」のページが出てきます。

また、コンテクストメニュー(右クリックメニュー)から選択テキストを検索することも可能です(Firefox以外ではこのうちUnicode Pointのコピー機能が動かない…)。

検索サイトの書き換え

漢字検索二大サイトであるGlyphWikiとCHISEの検索画面を使いやすく書き換えます。

GlyphWiki

【画像2】GlyphWikiにボタンやリンクを追加

【画像2】のように「関連グリフ」一覧に各種サイトへのリンクや文字そのもののテキスト(IVS異体字も!)、文字コピーボタンを追加しています。また、「UNICODEにないグリフを非表示」ボタンを押すことで【画像3】のように不要なグリフを一括非表示にすることが出来ます。この非表示機能はツールバーの設定項目から恒久化することも可能です。

【画像3】Unicodeにあるグリフのみを表示

また、GlyphWikiへの接続のみHTTPSにアップグレードしています。APIの仕様上、こうしないとコピーボタンが動かなかったので…。

CHISE

【画像4】CHISEにGlyphWikiへのリンクや文字テキストを追加

もともとはCHISEを書き換えるためにこのアドオンを作りました。冒頭にも書いたように、IDS検索画面の結果が画像形式になってしまい、非常に不便でした。2023/01/21のサイト側のアップデートでほぼ元に戻っていますが、まだいくつか表示されていない字があるので【画像4】の赤紫四角のように追加しています。また、親字のコピーボタンとGlyphWikiへのリンクも追加しています。さらに、503エラーが出たときに5秒後に再読み込みするようにもしました。

要望・バグの報告等

要望やバグの報告はこの記事のコメント欄にお願いします。気が向いたらGithubでも公開するかもしれません。

「戦勝於朝廷」の「令初下」をどう読むか

勤務校では第一学習社の漢文の教科書を使っていますが、その中で『戦国策』の「戦勝於朝廷」の読みについて、難しいと思われる点がいくつか見られます。今回は、「令初下」の読み方について書きます。

教科書では、以下のように句読しています。

令初下。群臣進諌、門庭若市。

群臣初めて下る。群臣進み諌めて、門庭市のごとし。

「令初下」で一文としています。このような句読をする限り、「命令が初めて下った。群臣たちは〜」という不自然な訳にならざるをえません。

実際は以下のように、「令初下〜門庭若市」までで一文であると考えるべきでしょう。

令初下、群臣進諌、門庭若市。

群臣初めて下り、群臣進み諌めて、門庭市のごとし。

「初」はもちろん時間を表す副詞ですが、ここでは「群臣進諌、門庭若市」に対する条件・時間を示す従属節を形成しています。「命令が下った当初、群臣たちは〜」「命令が初めて下った、群臣たちは〜」のように訳すのが自然でしょう。同じく時間副詞「既」が従属節をつくり、「〜し終えると、」「〜してから、」と訳すのとよく似ていますね。

更に言えば、この後の句読にも疑義があります。教科書は、以下のようにしています。

数月之後、時時而間進、期年之後、雖欲言、無可進者。

数月の後、時時にして間に進み、期年の後、言はんと欲すと雖も、進むべき者無し。

「門庭若市」で文を切るのであれば、「時時而間進」でも文を切るべきでしょう。以下のようになります。

令初下、群臣進諌、門庭若市。数月之後、時時而間進。期年之後、雖欲言、無可進者。

群臣初めて下り群臣進み諌めて、門庭市のごとし。数月の後、時時にして間に進む。期年の後、言はんと欲すと雖も、進むべき者無し。

このように句読することにより、①命令が下った当初(令初下)、②数ヶ月後(数月之後)、③一年後(期年之後)という三つの時間が並列されていることがよくわかるようになります。

漢字「道」の成り立ち(ただし怖くない)

「道」はどういうわけか、その字源・成り立ちについてあらぬ誤解を受けることが特に多い不遇の漢字です。彼の名誉挽回のためにも、特に中国語音韻学の専門的・科学的見地からその成り立ちを書いてみます。

成り立ち

義符「辵(辶)」+音符「首」の形声文字です。上古中国語において「首」は「道」に発音が似ていたため、音符になることが出来ました。もちろん義符を兼ねている可能性もありますが、重要なのは音符としての性質でしょう。

昔の研究

『説文解字』辵部では「从辵从首(「辵」と「首」は義符である)」とあり、後漢の許慎にとっては会意文字のように感じられていたことがわかります。「首」(シュ)が「道」(ドウ)の音符すなわち発音を表しているとは、現代の日本人にとってもにわかには信じられませんよね。

ただ、後漢でも、「首」と「道」の韻母は同じであったと考えられます。後漢の胡廣の「侍中箴」に

文公欽若,越興周
亦惟先正,克慎左右。
常伯常任,寔爲政

胡廣「侍中箴」

という押韻例が見られます。そもそも、「道」と「首」は『詩経』でも押韻します。

踧踧周,鞫爲茂草。
我心憂傷,惄焉如擣。
假寐永嘆,維憂用老。
心之憂矣,疢如疾

『詩経』小雅「小弁」2章

だからこそ、清・段玉裁は『説文解字注』で「首亦聲(首は音符でもある)」と指摘したのです。

となると、やはり声母の違いが問題になります。日本漢字音で「道」「首」はそれぞれ「ドウ」「シュ」ですが、仏典の対音資料等から、漢代でもこれらの字の声母はそれぞれd、sy(厳密な音声表記では[ɕ]。日本語のシュの子音と同じです)であったと推定されています(日本漢字音の元となった中古中国語でも声母については同様の音価です)。dとsyでは音が違いすぎるので、許慎は「首」を「道」の音符と見なさなかったと考えられます。

新しい研究

諧声系列:「尚」の場合

しかし、最近の研究では、先秦時代では「首」と「道」の声母が近かったことが明らかとなっています。

上古中国語の声母の発音を明らかにするに当たり、もっとも大事なのは諧声字です。言うまでもなく、同じ音符(諧声符)を持つ字は同じ音あるいは似た音を持っていたと考えられます。ここでは、「道」と同じく漢代〜中古でdの声母を持っていた「堂」(ドウ、d)の字を例に説明しましょう。

「堂」の音符は「尚」(ショウ、中古では濁音dzy)です。同じ音符を持つ字のグループを「諧声系列」と言いますが、「尚」の諧声系列に属する字は他に「賞」(ショウ、sy)「當(当)」(トウ、t)「掌」(ショウ、tsy)「常」(ジョウ、dzy)があります。中古音はバラバラですが、諧声系列をなす以上上古音は似ていたはずです。最新の研究、例えばBaxter-Sagart(2014)では、【表1】のようにこれらの字の上古音はtやdのように再建されています(ˤは咽頭化を表しますが、中古の直音字に一律に再建されており、ここでは特に気にしないで下さい)。これなら音が似ており、諧声関係が成立しそうですね。

日本漢字音ショウトウドウショウジョウ
中古音声母sytdtsydzy
上古音声母*s-t*tˤ*dˤ*t*d
【表1】「尚」の諧声系列

なお、*t > tsy[tɕ]、*d > dzy[dʑ]のような音韻変化は普遍的に見られます。日本語でも「ち」「ぢ」がまさにこのような変化をしましたね。

諧声系列:「兌」の場合

dとdzyなら、音が違うとは言ってもまだ似ています。ところが、中古音でdを持つ諧声系列には明らかに全然音が違うものがあります。

代表例が「兌」(ダ、d)の系列です。「兌」を音符とする字には「脫」(タツ、th)、「說」(セツ、sy)、「悅」(エツ、y)があります。th(tの有気音)、d、syはまだしも、yはこれらと完全に異なる音です。

これらが「尚」のような普通の*t、*dの諧声系列と違うことは、Pulleyblank(1962-1963)により初めて指摘されました。その音価については、現在では【表2】のように*lやその無声音*l̥を再建することが有力視されています。

日本漢字音タツセツエツ
中古音声母thdsyy
上古音声母*l̥ˤ*lˤ*l̥*l
【表2】「兌」の諧声系列

*lの再建は、音声学的な妥当性や中国語と関係の深い周辺言語との関係が考慮されています。*l > y[j]のような変化は普遍的に見られ、例えばフランス語のfilleは[fij]という発音ですが、元々は綴りのように[j]は[l]で読まれていました。また、「脫」はチベット語にlhod-pa「緩める」という対応語があります。*l̥ > syの変化もわかりやすいですね。日本語では、滑舌の悪い人のサ・シャ行が[l̥]になっていることがよくあります。

T-TypeとL-Type

「尚」のような*t、*dの系列をT-Type、「兌」*l、*l̥の系列をL-Typeと呼ぶ習わしとなっています。中古音のdやsyには、二種類の由来があるということです。

ここに、面白い説があります。野原(2009)によると、中古でT-typeはzy[ʑ]、y、zに、L-typeはt、tr[ʈ]、tsy[tɕ]には決してならないようです。上の例も、確かにこの説に収まっています。

「道」はどっち?

それでは、「道」はどちらのタイプに属するのでしょう?残念ながら、「首」の諧声系列は「首」「道」「導」の三字のみです。「導」の中古声母も「道」と同じくdであり、諧声系列だけではどちらのタイプか判別できません。

ここで役に立つのが通仮、すなわち当て字です。先述の野原(2009)では、戦国時代の楚の出土文献(戦国楚簡)における通仮を調べ、諧声系列のみでは判断できない字についてもタイプを帰属させました。

野原(2009)によると、楚簡で「道」が「蹈」に作られている例があります。「蹈」の音符は「舀」(ヨウ、y)であり、上の説に従えばL-Typeであることがわかります。かくして、「道」=「蹈」、「首」の上古声母はそれぞれ*lˤ、*l̥であることが確定できます。これなら音が似ているので「首」は「道」の音符になれることが納得できると思います。

日本漢字音トウドウヨウ
中古音声母thdy
上古音声母*l̥ˤ*lˤ*l
【表3】「舀」の諧声系列
道/導
日本漢字音ドウシュ
中古音声母dsy
上古音声母*lˤ*l̥
【表4】「首」の諧声系列

まとめ

「道」は「首」を音符とする形声文字です。上古で「道」、「首」の韻母は同じであり、声母も*lˤ、*l̥と非常に似ていたため音符になることができました。

上では「尚」、「兌」と「首」の例のみ挙げましたが、T-Type/L-Type仮説自体は膨大な諧声系列の分析から帰納的に導き出された仮説です。当然、反証可能性も有しており(仮に「首」の諧声系列の字がt、tr、tsyの字と通仮している例が見つかったならならば、この説は反証されたことになる)、科学的妥当性が高い仮説であると言えます。

参考文献

  • 野原将揮 2009.「上古中国語音韻体系に於けるT-type/L-type声母について : 楚地出土竹簡を中心に」『中国語学』256、67-85頁。
  • Baxter, William H., & Sagart, Laurent. 2014. Old Chinese : a new reconstruction. New York : Oxford University Press.
  • Coblin, W. South. 1983. A Handbook of Eastern Han Sound Glosses. Hong Kong : The Chinese University Press.
  • Pulleyblank, Edwin S. 1962-1963. The consonantal system of Old Chinese. Asia Major n. s. 9.58-144, 206-265.

その他役に立つサイト

Yahoo知恵袋で恐縮ですが、この質問のベストアンサーの方が、文字学の立場から「道」の成り立ちを的確に論じておられます。専門家の方でしょうか?