漢字

漢字検索を支援するFirefox用アドオン「Glyph Search Plus」

漢字検索を支援するFirefox用アドオン「Glyph Search Plus」を作成したので紹介します。

漢字検索サイトであるCHISEのIDS検索の結果がなぜか画像表示になってしまい(2023/1/24追記:2023/01/21のアップデートで元に戻りました)非常に不便だったので、漢字テキストを書き加える自分用のUserScriptを書いたのがきっかけです。機能を拡張しているうちにアドオンの形にできあがったので、せっかくなので公開することにしました。

インストール

Firefox系

Firefoxはこちらのページよりインストール出来ます。PC版のみです。派生ブラウザ(Waterfox)でも動作を確認しましたが、コンテクストメニューの一部の機能が動きません。

Chromium系

Chromium系ブラウザ(Brave、Vivaldi、ungoogled-chromiumなど)との互換性も保つようにもしていますが(やはり一部の機能が動きません)、手動でインストールする必要があります。上記リンクの「ファイルをダウンロード」からダウンロードしたxpiファイルの拡張子をzipに変えて解凍した後、ブラウザの「拡張機能」画面のデベロッパーモードの「パッケージ化されていない拡張機能を読み込む」で解凍したディレクトリを選択してインストールして下さい。

できること

検索機能

【画像1】ツールバーの検索画面

ツールバーの「字」と書かれたアイコンから、【画像1】のよう検索画面が開けます。漢字やUnicode Pointから様々なサイトを検索できます。複数の字をまとめて検索することも可能です(漢字の場合はそのまま続けて記述。Unicode Pointの場合は半角,で区切る)。文字列を入力したら自動的にUnicode Pointが入力されます(逆も同様)。対応しているサイトは以下の通りです。

  • GlyphWiki
  • CHISE
  • Web韻図
  • 国学大師
  • 説文解字(shuowen.org)
  • Unihan Database

「字」と書いてあるものは、複数の漢字が入力された場合一字ずつ検索ページを開きます(書いていないサイトも基本的にこのように動きます)。例えば「天地」と検索すれば、「天」と「地」のページが出てきます。

「語」と書いてあるものは、入力された複数の漢字を一つの文字列(つまり一語)として検索します。例えば「天地」と検索すれば、そのまま「天地」のページが出てきます。

また、コンテクストメニュー(右クリックメニュー)から選択テキストを検索することも可能です(Firefox以外ではこのうちUnicode Pointのコピー機能が動かない…)。

検索サイトの書き換え

漢字検索二大サイトであるGlyphWikiとCHISEの検索画面を使いやすく書き換えます。

GlyphWiki

【画像2】GlyphWikiにボタンやリンクを追加

【画像2】のように「関連グリフ」一覧に各種サイトへのリンクや文字そのもののテキスト(IVS異体字も!)、文字コピーボタンを追加しています。また、「UNICODEにないグリフを非表示」ボタンを押すことで【画像3】のように不要なグリフを一括非表示にすることが出来ます。この非表示機能はツールバーの設定項目から恒久化することも可能です。

【画像3】Unicodeにあるグリフのみを表示

また、GlyphWikiへの接続のみHTTPSにアップグレードしています。APIの仕様上、こうしないとコピーボタンが動かなかったので…。

CHISE

【画像4】CHISEにGlyphWikiへのリンクや文字テキストを追加

もともとはCHISEを書き換えるためにこのアドオンを作りました。冒頭にも書いたように、IDS検索画面の結果が画像形式になってしまい、非常に不便でした。2023/01/21のサイト側のアップデートでほぼ元に戻っていますが、まだいくつか表示されていない字があるので【画像4】の赤紫四角のように追加しています。また、親字のコピーボタンとGlyphWikiへのリンクも追加しています。さらに、503エラーが出たときに5秒後に再読み込みするようにもしました。

要望・バグの報告等

要望やバグの報告はこの記事のコメント欄にお願いします。気が向いたらGithubでも公開するかもしれません。

漢字「道」の成り立ち(ただし怖くない)

「道」はどういうわけか、その字源・成り立ちについてあらぬ誤解を受けることが特に多い不遇の漢字です。彼の名誉挽回のためにも、特に中国語音韻学の専門的・科学的見地からその成り立ちを書いてみます。

成り立ち

義符「辵(辶)」+音符「首」の形声文字です。上古中国語において「首」は「道」に発音が似ていたため、音符になることが出来ました。もちろん義符を兼ねている可能性もありますが、重要なのは音符としての性質でしょう。

昔の研究

『説文解字』辵部では「从辵从首(「辵」と「首」は義符である)」とあり、後漢の許慎にとっては会意文字のように感じられていたことがわかります。「首」(シュ)が「道」(ドウ)の音符すなわち発音を表しているとは、現代の日本人にとってもにわかには信じられませんよね。

ただ、後漢でも、「首」と「道」の韻母は同じであったと考えられます。後漢の胡廣の「侍中箴」に

文公欽若,越興周
亦惟先正,克慎左右。
常伯常任,寔爲政

胡廣「侍中箴」

という押韻例が見られます。そもそも、「道」と「首」は『詩経』でも押韻します。

踧踧周,鞫爲茂草。
我心憂傷,惄焉如擣。
假寐永嘆,維憂用老。
心之憂矣,疢如疾

『詩経』小雅「小弁」2章

だからこそ、清・段玉裁は『説文解字注』で「首亦聲(首は音符でもある)」と指摘したのです。

となると、やはり声母の違いが問題になります。日本漢字音で「道」「首」はそれぞれ「ドウ」「シュ」ですが、仏典の対音資料等から、漢代でもこれらの字の声母はそれぞれd、sy(厳密な音声表記では[ɕ]。日本語のシュの子音と同じです)であったと推定されています(日本漢字音の元となった中古中国語でも声母については同様の音価です)。dとsyでは音が違いすぎるので、許慎は「首」を「道」の音符と見なさなかったと考えられます。

新しい研究

諧声系列:「尚」の場合

しかし、最近の研究では、先秦時代では「首」と「道」の声母が近かったことが明らかとなっています。

上古中国語の声母の発音を明らかにするに当たり、もっとも大事なのは諧声字です。言うまでもなく、同じ音符(諧声符)を持つ字は同じ音あるいは似た音を持っていたと考えられます。ここでは、「道」と同じく漢代〜中古でdの声母を持っていた「堂」(ドウ、d)の字を例に説明しましょう。

「堂」の音符は「尚」(ショウ、中古では濁音dzy)です。同じ音符を持つ字のグループを「諧声系列」と言いますが、「尚」の諧声系列に属する字は他に「賞」(ショウ、sy)「當(当)」(トウ、t)「掌」(ショウ、tsy)「常」(ジョウ、dzy)があります。中古音はバラバラですが、諧声系列をなす以上上古音は似ていたはずです。最新の研究、例えばBaxter-Sagart(2014)では、【表1】のようにこれらの字の上古音はtやdのように再建されています(ˤは咽頭化を表しますが、中古の直音字に一律に再建されており、ここでは特に気にしないで下さい)。これなら音が似ており、諧声関係が成立しそうですね。

日本漢字音ショウトウドウショウジョウ
中古音声母sytdtsydzy
上古音声母*s-t*tˤ*dˤ*t*d
【表1】「尚」の諧声系列

なお、*t > tsy[tɕ]、*d > dzy[dʑ]のような音韻変化は普遍的に見られます。日本語でも「ち」「ぢ」がまさにこのような変化をしましたね。

諧声系列:「兌」の場合

dとdzyなら、音が違うとは言ってもまだ似ています。ところが、中古音でdを持つ諧声系列には明らかに全然音が違うものがあります。

代表例が「兌」(ダ、d)の系列です。「兌」を音符とする字には「脫」(タツ、th)、「說」(セツ、sy)、「悅」(エツ、y)があります。th(tの有気音)、d、syはまだしも、yはこれらと完全に異なる音です。

これらが「尚」のような普通の*t、*dの諧声系列と違うことは、Pulleyblank(1962-1963)により初めて指摘されました。その音価については、現在では【表2】のように*lやその無声音*l̥を再建することが有力視されています。

日本漢字音タツセツエツ
中古音声母thdsyy
上古音声母*l̥ˤ*lˤ*l̥*l
【表2】「兌」の諧声系列

*lの再建は、音声学的な妥当性や中国語と関係の深い周辺言語との関係が考慮されています。*l > y[j]のような変化は普遍的に見られ、例えばフランス語のfilleは[fij]という発音ですが、元々は綴りのように[j]は[l]で読まれていました。また、「脫」はチベット語にlhod-pa「緩める」という対応語があります。*l̥ > syの変化もわかりやすいですね。日本語では、滑舌の悪い人のサ・シャ行が[l̥]になっていることがよくあります。

T-TypeとL-Type

「尚」のような*t、*dの系列をT-Type、「兌」*l、*l̥の系列をL-Typeと呼ぶ習わしとなっています。中古音のdやsyには、二種類の由来があるということです。

ここに、面白い説があります。野原(2009)によると、中古でT-typeはzy[ʑ]、y、zに、L-typeはt、tr[ʈ]、tsy[tɕ]には決してならないようです。上の例も、確かにこの説に収まっています。

「道」はどっち?

それでは、「道」はどちらのタイプに属するのでしょう?残念ながら、「首」の諧声系列は「首」「道」「導」の三字のみです。「導」の中古声母も「道」と同じくdであり、諧声系列だけではどちらのタイプか判別できません。

ここで役に立つのが通仮、すなわち当て字です。先述の野原(2009)では、戦国時代の楚の出土文献(戦国楚簡)における通仮を調べ、諧声系列のみでは判断できない字についてもタイプを帰属させました。

野原(2009)によると、楚簡で「道」が「蹈」に作られている例があります。「蹈」の音符は「舀」(ヨウ、y)であり、上の説に従えばL-Typeであることがわかります。かくして、「道」=「蹈」、「首」の上古声母はそれぞれ*lˤ、*l̥であることが確定できます。これなら音が似ているので「首」は「道」の音符になれることが納得できると思います。

日本漢字音トウドウヨウ
中古音声母thdy
上古音声母*l̥ˤ*lˤ*l
【表3】「舀」の諧声系列
道/導
日本漢字音ドウシュ
中古音声母dsy
上古音声母*lˤ*l̥
【表4】「首」の諧声系列

まとめ

「道」は「首」を音符とする形声文字です。上古で「道」、「首」の韻母は同じであり、声母も*lˤ、*l̥と非常に似ていたため音符になることができました。

上では「尚」、「兌」と「首」の例のみ挙げましたが、T-Type/L-Type仮説自体は膨大な諧声系列の分析から帰納的に導き出された仮説です。当然、反証可能性も有しており(仮に「首」の諧声系列の字がt、tr、tsyの字と通仮している例が見つかったならならば、この説は反証されたことになる)、科学的妥当性が高い仮説であると言えます。

参考文献

  • 野原将揮 2009.「上古中国語音韻体系に於けるT-type/L-type声母について : 楚地出土竹簡を中心に」『中国語学』256、67-85頁。
  • Baxter, William H., & Sagart, Laurent. 2014. Old Chinese : a new reconstruction. New York : Oxford University Press.
  • Coblin, W. South. 1983. A Handbook of Eastern Han Sound Glosses. Hong Kong : The Chinese University Press.
  • Pulleyblank, Edwin S. 1962-1963. The consonantal system of Old Chinese. Asia Major n. s. 9.58-144, 206-265.

その他役に立つサイト

Yahoo知恵袋で恐縮ですが、この質問のベストアンサーの方が、文字学の立場から「道」の成り立ちを的確に論じておられます。専門家の方でしょうか?